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“こうのとりゆりかご”をつくった慈恵病院 蓮田 太二 院長のインタビュー (2007年12月13日)

インタビュー「慈恵病院 蓮田 太二 院長」10,639文字(読了に10分)
13年前、私がある小説の背景を知るためにインタビューした記事。

医療法人聖粒会 慈恵病院 理事長・院長 蓮田 太二さん
2007年12月13日(木)

こうのとりのゆりかごのきっかけ

私達の病院はカトリックのマリアの宣教者フランシスコ修道会が明治31年に創設した病院です。
従って妊娠中絶手術は行っておりません。妊娠して私達の病院にお出でになる方は、妊娠の喜び、赤ちゃんを産むことに対する希望を持ってこられる方ばかりと言ってよい程でした。
しかしある時期より社会で産後の方々がうつ病になるということを言われるようになり、またお母さんが子供を殺すという事件が報道され、最初は何故母親がそういうことをするのか分かりませんでした。

私達の病院では、うつ病になる方はほとんど見ることはありませんでしたが、産後のうつ病が増えており、大きな問題が引き起こるということが医師会で言われるようになり、うつ病防止のため、助産師が妊娠中から分娩時、産後も妊婦さんと関わりを持ち、退院された方には1週間後電話を掛け、色々お話を聞き、心配事のあるような方の所にはご自宅に訪問をするようなシステムを作りました。又、2002年から妊娠などで困っておられる方々に対して、1年のある時期に24時間体制で電話相談を始めました。最初の年は10件の相談があり多い時は26件で、内容は深刻なものがありました。

1993年に東京の「生命尊重センター」から、赤ちゃんを産みたいが経済的な問題で産めないという方の救済のため応援しましょうとのことで、全国の会員に家庭で眠っている1円硬貨を寄付して下さいという呼びかけをし、集まったお金で救済活動を始めました。

 

ベビークラッペ「こうのとりゆりかご」の発祥

そんな折、ドイツで赤ちゃんが年間1,000人捨てられていて、それを救うために2000年にドイツでは赤ちゃんを匿名で預けられるベビークラッペ(赤ちゃんポスト)というのが出来たという報道があり、2004年に「生命尊重センター」の人達と一緒にドイツに行き、4ヵ所回ってきましたが、ドイツでは、命に対する考え方が宗教的影響を大きく受けていると思いました。お腹の中の赤ちゃんから大事にしています。

即ち、ドイツ基本法では、国家は国民の人権、生命などを守らなければいけないとなっており、これはお腹の中の赤ちゃんにも及ぶとされ、日本では生まれてからでなければ人権はありません。そのため、交通事故でお腹の中の赤ちゃんが命を落とした場合、加害者はその責めを問われません。そこに命に対する考え方の大きな違いがあります。ドイツはキリスト教徒が多く、宗教的な考えが大きく関係していると考えます。

最初、日本の報道でドイツでは年間1,000人赤ちゃんが捨てられるということでしたが、実際に赤ちゃんが捨てられるのは40数人程度で、発見される赤ちゃんの内半分が亡くなっていて、半分が生きた状態で発見されるということでした。訪問当時、ベビークラッペは既に70ヵ所できており、計算上では一つのベビークラッペに2年に1回入れられる程度で、創設時から既に4年経過していましたが、預けられる赤ちゃんの数は増えていないということで、預けるお母さんは、極めてせっぱ詰まった状態にあり、簡単に預ける気持ちにはならないという意見でした。
また40人程度の赤ちゃんに対し、70ヵ所というのは、多すぎないかと聞きますと、顔を真っ赤にして、かなり激しく早い口調で「命というものを何という言い方だ」と言われました。

 

ドイツ版「こうのとりゆりかご」の仕組み

ドイツでは、公立病院1箇所と私立病院2箇所、保育園1箇所訪ねました。
病院での運営は、勤務者が24時間体制でいますので、さほど困難ではないだろうと考えました。しかし、私立の保育園は昼間だけの勤務です。それで、「これは経費が年間どれくらいかかりますか」と聞いたところ、年間800万円かかるとのことでした。保育園の事業は、そんなに利益が上がるものではないだろうと思い、「公的な資金等どこからかお金が来ますか」と聞くと、一般の方からの寄付とチャリティーコンサートで成立していますということでした。「最初の年だけだったら、お金が集まるかもしれませんが、毎年となると、赤字になることはありませんか」と聞くと、「あります」と。それで、「そういう時にはどうしますか」と聞くと、「その時は銀行から借ります」と言われました。銀行は利益が上がるところでないと、なかなか貸さないものだと思っていましたので、「銀行はどうして貸してくれるんですか」と言ったら、保育園の土地と建物を担保に借りて運営しているということで驚きました。

ドイツでは赤ちゃんが預けられると、預けられたことを公表するのです。そうすると寄付があるそうです。その保育園は女性の経営で、道を隔てて、ごみ置き場があり、大きなボックスが幾つも並んでおり、以前、そこに赤ちゃんが捨てられ、亡くなって発見されたそうです。これはどうにかしなければいけないという思いで、ベビークラッペを始めたそうです。ベビークラッペは公的資金が入るようなものでは全然ないにもかかわらずです。園長さんは若い方でした。ほかに理事長など、全部女性でした。また報告書を見て、ベビークラッペだけじゃなく、母と子を保護するための「ひまわりの家」という施設も作っているのがわかりました。その施設も、寄付を集めて運営しているそうです。ドイツの女性は大したものだ、すごいなと、感嘆しました。

 

生みの親より育ての親

もう1つドイツで印象的だったのは、預かった赤ちゃんが健康の場合、全部家庭で育てるということです。日本では預かった赤ちゃんはまず、児童相談所を通して乳児院に預けられます。ところが、ドイツでは、病気をしていなければ全部里親に預けるというのです。それで、里親のところで8週間預かって、親が名乗り出てこなかった場合には、実子として養子に出すそうです。(養子に出すのは里親のところか、また別のところかもしれません。)その時、私はまだ、家庭で育てることと施設で育てることの違いが、あまり実感としてわかりませんでした。そして、「もし障害児が預けられたときはどうするんですか。外表奇形(奇形とわかるような赤ちゃん)の場合には、どうなるんですか」と聞いたら、希望者が15倍になったそうです。障害の赤ちゃんに対しては、育てたいという人が健康な赤ちゃんと比べると何倍も多いと云うのですが、本当にそうなのかなと不思議に思いました。

実は私達のところに、自分では育てられないという相談が寄せられ、その方の妊娠経過を見ていたところ、胎児の脳に異常があると思われました。それで、ずっと経過を診ていたところ、脳の異常が進行する状態ではないが、確かに脳室の拡張があるというのです。養子の打診をしましたが、初めから異常がある子は、日本ではやはり希望者がありません。それで、外国人の神父さんに相談してみました。そうしたらすぐ「育てたい」という希望があり驚いたのですが、日本国内在住の外国人の方で有難いなと思いました。その後、その子が生まれてから、MRI等で詳しく調べてみたら、幸い異常はありませんでした。しかし、異常があっても育てたいという人が外国にはいることをその時実感しました。

 

捨てるのではなく救う

ベビークラッペがあれば、命が救われるなという思いはありました。私は慈恵病院に勤めて40年近くなりますが、来てまだ数年の時に、赤ちゃんが1人だけ捨てられました。病院のすぐ近くのカトリック教会の神父さんが住んでいる司祭館の軒下に、朝早く赤ちゃんが置かれていました。その時、すぐ病院で引き取りました。捨て子を体験したのは1件しかなかったので、日本ではまだ実際に捨てられる赤ちゃんは、そんなにいないだろうと思っておりましたら、熊本県内で2005年~2006年に3件続けてあったのです。これには私も驚きました。

それで、これはやはり早くベビークラッペを開始しないといけないと思い、関係機関の警察、熊本市、県に「ベビークラッペの設置を計画しておりますので、ご協力のほど宜しくお願いします」と願い出ました。しかし、当時の少子化対策大臣は「犯罪を助けたり、遺棄を助長することになる。犯罪につながるんじゃないか」との意見で、警察は「安全な所に預けられ、犯罪性がないか確認し、異常がなければ捜査しない」と。その後、市長さんと関係の職員が政府に相談に行き、心よい対応ではなかったので、市は許可をするのにかなり苦渋の決断だったようです。
ドイツでは、いちいち許可を取ってから作ったというわけではありません。

現在、日本では病院の一部を今までの使用目的と違った用途に施設を作り変える時には、保健所の許可が必要です。2006年11月に申請し2007年4月5日に許可がおりたので、申請から4ヵ月程掛かりました。国としては違法ではないし、許可しない理由はないということでした。

適法・違法というものの対象になっている事柄は、ベビークラッペ設置に対してではなく、あくまで病院を用途変更することに対してで、病院における許認可の範囲のことだと。赤ちゃんの人権の問題、親の保護責任者遺棄罪に抵触しないかと考えられるようです。マスメディアの報道は「法に抵触する恐れがある」と伝えました。ですから、何の法に抵触するのか話し合いをしてきました。更には、親は子供を保護しなければいけないと伝えました。ただ、ベビークラッペを作ることによって、遺棄罪と幇助罪に抵触する恐れがあり、遺棄の幇助に当たらないかと報道されました。設備を作ったとしても、お母さんは道に捨てるのと、安全なところに預けるのと罪は変わらないということです。ですから、ホームページに掲載しているように「捨てるのではなくて救う」というところのコンセプトを伝えなければならないと思います。

 

ドイツは行政と闘った

現状は預けられた子供たちは2年間乳児院で育てられます。児童相談所に保護の連絡後、連携します。設備を設置した時や、維持費、相談の為の通信費、人件費、これを細かく計算すると、病院の負担が結構出てくるんです。ですから、これを例えば保育園でやったとすれば、年間800万円以上かかります。しかし、保育園は相談事業は行っていませんでした。私たちの病院は相談事業に重点を置いているため、人件費が多くなります。それが病院の負担になるのです。

他の病院がベビークラッペを設置したいという動きは今のところありません。これは収益を得るものではないからです。私たちはボランティアで行っており、制度化されて行政から補助金が出てくればありえるかもしれませんが、今の日本の厳しい財政の中では、広がっていくにはコスト的に成り立たない仕組みで難しいのかもしれません。

広がらないもう1つの理由は、やはり日本の行政が途惑っているからです。日本と違いドイツは行政とすごく闘っています。やはり、それだけの気持ちがないと出来ません。色々なかせをはめられたら、進歩がありません。だから、まだ色々今からやらなければいけないことがあるのです。今、行政は初めてのことですので批判的です。発表したとかしないとか、情報開示とか、倫理的にとか、遺棄を助長するのではないかといった取り上げ方ばかりで、何で赤ちゃんを捨てるようになったのかなどの社会環境の話や赤ちゃんの幸せの為にどのようにすべきか全く出てきません。

 

助かった命は5倍ぐらい多い

今後の問題ですが、今は病院のスタッフだけで、実状24時間体制でやっています。24時間体制なのはいつでも相談出来る様にするためです。どういうわけか、深刻な相談は深夜に電話がかかってくる為、スタッフが枕元に携帯を置き24時間体制で対応しています。実際は今まで預けられた赤ちゃんの数より、助かった命は5倍ぐらい多いです。
そして、深刻な相談というのは非常に時間が長くかかります。

また適正に正しく運営されているか、預けられた赤ちゃんのことや、相談について検証する検証会議があります。相談というのは、1つの相談でも複雑な内容ですから、かなり書類が多くなります。まずメモをとります。そして記録を整理する人が要るのです。そうすると、新たに人を雇わなければいけません。厚生労働省から全国の自治体に妊婦さんや産後の女性に対する相談体制を強化するよう指示があり、熊本市は相談体制を強化し、9人担当者を入れています。

市も取り組んだ相談について発表しています。そして、相談が実際にちゃんと解決したかどうか検証すると、解決までいく数は私たちの方が多いのです。相談は1回だけで終わるわけがなく継続することになります。自分の深刻な問題は、あまり複数の人には話したくありません。最初はやはり途切れ途切れになります。そして何回も電話をかけてこられるので、丹念に聞いていかなければいけません。担当者が代わると、また最初から話をしなければいけない。
当院の場合は、一貫してずっと同じスタッフが話を聞いていきますから、最終的に解決するわけです。ですが、市は担当者が9人もいるために次々代わるようなので話が続きにくいのです。

 

1円の寄付から高額の寄付まで(田尻看護部長 談)

今まで皆さんからの温かいお気持ちで、色々な方が寄附をして下さいました。赤ちゃんのためにお金を使って下さいと。本当に温かい人々の沢山の善意を知りました。
「私はOLです。毎月幾らかずつでも寄附させて下さい」や、子供さんからお年寄りの方まで、赤ちゃんのためにと言って1円、10円、100円と絶えず集めてくださる方。
又、病院には売店がありますが、いきなり団子10個、20個を毎日持ってきて下さって「自分はお金がない。でも、この品物の売上をどうぞゆりかごに使って下さい」とか様々で、有難く感動します。

60歳台の女性が高額の寄付をして下さったこともあり、私たちを後押しして下さっています。私はベビークラッペは、行政がやるべき仕事だとは思っていません。この病院に来るまでは行政の保健師をしていたものですから、よく分かります。元々慈恵病院は明治の終わり、1898年にフランシスコ修道会がハンセン病の患者さん救済のために始めた病院ですから、当時のマリアの宣教者フランシスコ修道会のシスター方も、何の報酬も求めず、そこに行き倒れになっているハンセン病の患者さんの手当を無償でしたわけです。そしてその後、らい予防法という法律ができ、国家的に救済を始めています。純粋に赤ちゃんの命とそこに困っている女性がいるから手を差し伸べるというのが私共の理念です。

 

愛の反対は無関心

マザー・テレサが日本に来られた時に、「日本は非常に心の貧しい国ですね」、「経済的には豊かだけど中絶天国ですね」と言われました。「生命尊重センター」の活動は、お腹の中の赤ちゃんの命を守りたいということから始まったわけです。その後、マザー・テレサは日本に来られた時に、学校に行き「愛の反対は憎しみではありません。無関心です」と話されました。

 

子供を2度殺すつもりか

ドイツでは、「ベビークラッペ」設置に対して反対の意見もありました。子供を2度殺すつもりかと。最初は捨てて殺す。2度目は子供が成長してきた時に親が誰であるかを知りたがりますが、匿名であるため親がわからず、悩み苦しむ。だから2度殺すつもりかと。そういう反対があったそうです。私達のところに寄せられた反対の意見の中にも同じような意見がありました。ただ、本当の親がわからず悩むということは愛情を深く持った家庭で育てられた子供はそうでもないようです。しかし、自分が育ってきた過程で、色々深刻な悲しさ、辛さがあった子供達は、やはり親を捜す気持ちが強いようです。

早い時期から家庭で育てられた子供と施設で育てられた子供の違いといいますと、施設の人達も深い愛情を持って一生懸命育ててくれますが、施設では勤務時間が終わったら帰ります。つまり1日のうちでも別れがあります。また、女性の方だと結婚してから辞めていかれます。自分の親だと思っていた人がいなくなります。これは子供にとってはすごくショックなことです。そして、2年~3年経つと、今度は全く環境が違う養護施設に移るのです。今までいたスタッフじゃないし、大きな子供達の中にぽんと入れられます。そうすると、2週間~3週間位泣き叫ぶのだそうです。そして、そういう子供達は、いきなり家庭に入っていっても、なじむには充分時間がかかります。

 

日本は里親制度について認識が薄い

私達のところを色々世話してくださっている方は5人の子供を迎えておられます。
そして、親と子の絆をしっかりつくるためにかかるのは、自分のところに来るまでの期間です。例えば、3歳まで施設で育てられた場合、その倍の時間、親と子の絆・信頼関係ができるまでにかかるのだそうです。だから、家庭に入るのはできるだけ早いほうがいいと思います。ですから、私は少なくとも3ヶ月位までに子供が家庭に入ったほうがいいだろうと思います。

3ヶ月の赤ちゃんをお母さんが抱っこして連れて来られるのを見ていますと、赤ちゃんがお母さんの顔に向かって、喃語(なんご)といって、意味の分からない言葉で盛んに話しかけているのです。そうすると、お母さんも子供の顔を見つめて声をかけています。本当は、こういうことになる前に家庭に入ったらと考えます。それを私はあちこちに今訴えています。親子の愛着は早い時期程容易ですから、お母さんを認識するようになる前のほうがいいだろうと私は思うのです。

ドイツでは、まだ制度化されていませんが、匿名出産というのがあります。自宅での出産は母と子に危険である為、「匿名でいいから施設で出産するように」との主旨で、出産後は母と子が一緒に暮らすことが出来る「ひまわりの家」とか「マザー・チャイルドハウス」というのがあり、施設で母と子が一緒に暮らすことで、愛着が形成されます。お母さんが考え直すことができ、それで自分で育てたいと思うようになります。母子家庭に対する色々な援助の仕組みなど説明を受けます。

2年6ヶ月の間に150人の方が匿名出産し、その内60%の人がやはり自分で育てる気持ちになりました。20%の人が名前を知らせてきて、あとの20%が匿名のままでした。
ドイツの場合は、親からの連絡がなければ養子になります。産んだ親でなくても、ちゃんと親の愛に恵まれて健やかに育っているということ。施設でなく家庭で育てるところは日本とドイツの大きな違いです。ここを今後の大きな課題として世に訴えたい、伝えたいと思います。日本は特別養子縁組制度についての認識がすごく薄いのです。

 

電話1本で救われた命

実は、台湾から福祉関係の公務員の人達が20人、先日視察に来られました。その人達が、日本では捨てられた子供を施設で育てるという話を聞いて「かわいそう」と途惑っていました。日本と韓国とカンボジアは施設(民家ではなく、専用の施設)があります。みんなの意識が、施設があることが当たり前になっていますので、長い時間をかけて、少しずつ変えていくしかないのです。

預かった子供の将来は幸せでなければいけないと思います。そのためには家庭がいいと思います。今相談がある方で、どうしても育てられない方は養子縁組になります。そして、相談があった方でも自分で育てるという人達が今20人。しかし、どうしても育てられないケースというのはありますからね。私が今感じているのは、子供は親を選べないと思っていたけれども、そうじゃないというのも実感しています。その子供にとっては雲泥の差なんです。要するに1本の電話で相談があって、救われた命の運命は天と地です。赤ちゃんが欲しい方で、どうしても恵まれない方は不妊治療をして結果が出ず、それでも赤ちゃんが欲しい、子供を育てたいという人が沢山おられます。だから、その家庭にいった赤ちゃんを見ているとまるで我が子。私も真似できないぐらい本物の親の姿です。子供はそういう運命を持って、生まれてくるんじゃないかと。誰から生まれたではなく、どこの家族で、どう育ったかで、その子の将来が変わっていくのだと感じます。

 

子供は親を選べる

里親になりたい人も実際にはいるのですが、どこに聞いたらいいかがわからないというのが実態です。厚生労働省に日本で登録されている里親希望者は7,500家族います。ただ日本の制度では、なかなか養子縁組につながりません。今、行政の中の児童相談所がその役割を担っているのですが、児童相談所では虐待のことに追われ、里親制度を積極的にできないのです。ですから、児童相談所に登録しても、7年も8年も赤ちゃんが来ないと言って、里親になりたいという人が慈恵病院に「こうのとりのゆりかご」の報道後190件程、メールや電話、手紙で相談を頂いているんです。だから、相談があって救われていく子供の命があると思うと、相談できなくて、今沢山赤ちゃんが遺棄されている現状はなんとかしなくてはならないと思います。
また、先日ご自分が養子で育ったという六十何歳の方が訪ねて来られました。事情があり、養子に出されたそうですが、養父母の家庭は両親と障害のある妹さん(養子)の4人家族で、妹さんが20歳で亡くなられ、両親が2人とも一生懸命育てて下さったし、とても可愛がってくださったと言っておられました。「自分は養子で良かった。」ということをメディアの前にも出て話をしますよとおっしゃって下さいました。つまり、生まれじゃなく育ちということでしょう。

 

親子の絆は先天的なものばかりではない

「こうのとりのゆりかご」開始から日が浅いので、児童相談所は、早くても1年か1年半位でないと養子に出せないようです。「こうのとりのゆりかご」に預けられた赤ちゃん達は、施設に行き、その施設から里親と引き合わせるのはまだ先になります。ですので、事前に相談があれば養子縁組に結びつきやすいのです。だから民間の方にお願いしています。
子供は早いうちに家庭に入ったほうが親と子がうまくいくというのは、自分の孫を見ていてそう思いました。孫が何人もいますが、娘のところの孫の性格が女の子なんですけれども乱暴なところがありまして。親のいうことを「はい。」となかなか素直に聞かないです。父親が優しくて叱らずに母親がやかましく言っています。
私のところに来ても、こんな子が養子に来たら、やはり親は手を出すだろうと思うようなところがあります。でも赤ちゃんの時から育てていますから、かわいいんです。やはり小さい時からの絆なんでしょうね。

ある日、この病院に養子のお子さんを連れて訪問された方がいたんです。私たちは養子だと知らずに実の親子だと思っていて、養子だと聞き、ビックリしました。小さい子はおとなしくしていないでしょう。応接間でお父さん、お母さんと話していると、子供が走り回るんです。私は白衣を着ていますから、子供には少し怖く警戒感があります。あまり走り回っていたり、いたずらする時には、「抱っこしようかな」って言いますと、ビックリして私の顔や目をじーっと見るんです。「お手々がおいしそうだな。お手々をアップンしようかな」と言うと、「お母ちゃーん」と逃げる。そうするとお母さんが子供をしっかり抱きしめる。その様子を見ていたら、実際は養子でも、実の親子だと思いました。だから、親子の絆というのは先天的なものばかりでないということです。母性というのは、元々あるものではなく、子供を育てることで生まれてきます。早い時期に家庭で我が子として育てられるというのは素晴らしいことです。そして、養子制度の中で、普通養子と特別養子がありますが、特別養子だと実子として、戸籍、親権すべて認められます。
つまり最終的に、預けられた赤ちゃんがすぐ家庭で育てるという制度が出来上がるところまでいけば、一番赤ちゃんが救われると考えます。

 

子どもは家庭で育てられるべき

来年は、子供たちが家庭で育てられるべきだということを、もう少し声を大きくして、強く言っていきたいと思います。そして子供が将来幸せに育ってもらいたいという願いと、もう一つ性行為が命につながるということを若者に伝えたいのです。
それとピルのことです。イギリスでは、小学生からピルを飲ませています。イギリスは肥満の子供たちが結構多いですよね。そういう子供が血栓症を起こして、命を落とすんです。また、ピルを飲んだ人達が排出する尿が浄化槽から川に流され、川の魚がその影響を受ける。環境ホルモンとして問題あると。そして、10代の妊娠が9万人。だから今、イギリスでは社会問題になっていますが、その中の3/5が中絶をしています。ヨーロッパで一番多いんだそうです。それは、ピルを飲んでいるけれども、妊娠していて中絶が多いと思うんです。

10代での妊娠というのは、どうしても貧困につながってきます。子供は貧困な家庭に育ったからダメだということではありませんが、あまりに貧困だと大変でしょう。私は戦争を挟んで小さい時に貧困を経験し、小学校の時は多く家庭が貧困であったので、貧困によっていじけるという時代ではなかったからよかったのですが、今は家庭にもよりますが、経済的に子供たちに差が大きいと、精神的な面で辛い思いをするんじゃないかと思います。「こうのとりのゆりかご」を始めてから1年の2008年5月に、情報公開があるでしょうから、「こうのとりのゆりかご」を設置するに至った社会の背景が色々あるということを、強く世に問うていきたいと思っています。
尚、「赤ちゃんポスト」という言葉が先行していますが、私どものネーミングは初めから「こうのとりのゆりかご」でした。そして将来は「ゆりかご」の要らない社会を目指しています。
今はただ「ゆりかご」を縁にして巣立っていく子供達が幸せであるようにと願ってやみません。そして、沢山の人々の善意と希望を集めて巣立っていく子供たちが、きっと日本の未来を支える力強くたくましい人材に育ってくれることを信じています。
皆さん、この子供達を私たちの社会の子としてあたたかく受け入れ、育てていこうではありませんか。

以上

 

書籍「ゆりかごにそっと」 著者: 蓮田 太二
―熊本慈恵病院「こうのとりのゆりかご」に託された母と子の命
https://www.amazon.co.jp/dp/4908925399