タレント2.0の時代
今年になって、タレントの事務所の退所や自死が相次いでいる。
改めて、ポストコロナにおけるタレント(ここでは広義の意味で俳優、芸人、テレビタレントを含む)の在り方を考えてみた。(まずは、リンクを見ずに通しでお読みください)
1. タレントの収入構造を考え直す。
大きくは3つある。
出演費(テレビ・映画・舞台)と広告収入(CM、イベント、ウェブ)と関連商品(マーチャンダイジング)
給与制のサラリーマンタレントは別として、独立して売れているタレントの殆どは出演料よりもCMによる広告収入の方が多い。
◆参考: タレントのギャラっっておいくら?芸能人2020年版ギャラ最新ランキング!
https://yorozu-do.com/guarantee/
しかし、米国や中国などタレントの権利が契約できちんと守られている国においては、映画・ドラマなどの出演収入がテレビCM収入より多額の収入が得られる。逆にハリウッドの映画スターなどはテレビCMに出ない。
その背景に米国、中国は、ネットワーク局(キー局のこと)だけでなく、無数のローカルシンジケーション局(ローカル局)が巨大な市場をもっているからだ。タレントは、キー局出演以外でも。ローカル局でドラマが再放送される度に追加のギャラが得られる。日本では、テレビ局がネットワーク化されており、事実上ローカル局はないので、出演しても一回きりのギャラ支払いで終わる。
アメリカの大ヒットテレビ「フレンズ」では主要6人の一人当たりのギャラは放映当初1話250万円だったが、シーズン3では1話1億円になった。また、再放送、関連収入(商品化)の2%が6人に分配され、年間約1000億円の総売上があったため、20億円の副収入となった。
また、下記の記事のようにNetflixは、アダム・サンドラーに2019年33億(サンドラー全年収41億円の80%)のギャラを支払っているが、それは新作だけのギャラ算定ではなく、過去のライブラリーの累積20億回の視聴にたいしての評価だった。
◆参考 : 最も稼ぐ男優ランキング2020 ネットフリックスが主要収入源に
https://forbesjapan.com/articles/detail/36425
日本のトップクラスのテレビドラマ出演ギャラは、1話500万円くらい。シリーズ11本が基本なので1ドラマ5500万円。1ヶ月徹夜して撮影して、CM1本と同じくらいの稼ぎ。日本のキー局ドラマにでても、ローカル番販時の追加ギャラがでることは稀である。
◆参考 : 芸能の「お金」
https://bit.ly/2S8GNgX
中国のトップ女優ファン・ビンビンのギャラは、1話5000万円。中国のテレビシリーズは1ドラマ40エピソードなので、総ギャラ20億円となる。人口比といえばそれまでなのだが、それプラス、ローカル局からの収入も得られるので、タレントは桁違いの収入となる。
2. メディアの変遷。テレビの歴史をおさらいしよう。
日本においては、そもそもメディア構造の違いから、タレントのギャラは安く抑えられている。
1957年に田中角栄が郵政大臣(現在の総務省)に就任した際、ニューメディアである”テレビ”を新たな集票マシーンと考えた。なので、このニューメディアに新規事業者の参入をさせず、地方の新聞社を資本元として、キー局とローカル局をネットワークさせ一括免許を交付したことで、キー局の中央集権ができあがった。米国のように放送とコンテンツ制作を分離せず一体経営を許したことで、テレビ局は制作した作品や関連商品のIP(知的財産権)も保有できた。こんな絶対権力を手に入れたテレビ局は世界中で日本くらいだろう。
アメリカでは、長年テレビ局と制作プロダクションの公正取引の観点から兼業は禁止されていた。それゆえハリウッドがプロダクションとして力をもった。テレビ局は番組の配給(ディストリビューショ)に専念、ハリウッドは制作、タレントは権利とフェアな構造になっている。
日本では、テレビ局があまりにも巨大な権利をもったことで、ヒエラルキーができてしまった。
テレビ局→プロダクション→芸能プロダクション→タレントという構造の中で、タレントのポジショニングは最下層に位置付けられている。さらに芸能プロダクションは、育成費を盾に移籍の自由を拘束してきた。また、業界団体は移籍にあたって、移籍料の分配や育成費の負担など公正取引上、非常に問題ある考え方を示している。どこの世界に転職するのに過去の研修費を請求してくる企業があるのだろうか?普通では考えられない。育成費に関して、調査すればわかるが、殆どそのコストは1本のCM出演料収入で賄える程度の投資でしかないことが多い。ここはまるで調査、報道されていない。
田中角栄によって公布されたテレビ局の大量免許交付と東京タワー建設で、1960年代、大衆の関心は、映画、ラジオ、演劇からテレビメディアに一斉にシフトした。「シャボン玉ホリデー」や「ララミー牧場」など従来にない新しいコンテンツが大人気となった。テレビは映画や演劇より格下の扱いだったため、思いっきり自由な表現ができ、そこに人は魅了された。
余談だが近年のテレビ業界が、モラルの過度なセンサーシップにより、ますます中身が面白く無くなっているのは周知の通り。
テレビの草創から20年。1980年代後半になると、ようやくキー局は自社でプライムタイムの番組を100%制作できるようになった。
いわゆる外画とよばれる輸入番組「チャーリーズ・エンジェル」(最終話放送1982年)や『新スパイ大作戦』(1991年10月終了)などがプライムタイムからなくなり、”ダブル浅野”のバブル時代(1988年放送の同局ドラマ『抱きしめたい!』からブーム)に突入する。
このときに、働き盛りの40歳代だったテレビ業界人が、いまの芸能プロダクションを発展させた。たくさんのテレビドラマが制作され、1990年にはVHSやDVDなど二次利用の市場も活況を呈した。
しかし、近年ではテレビ局と芸能プロダクションという閉じた世界で行われてきた商慣行によって、テレビ局の編成の自由度が下がるとともに、ネットメディアの勃興で視聴率も低下傾向にある。80年代のテレビ全盛期に40代前後の芸能プロダクション経営者は、40年後の2020年現在 80歳前後と高年齢化により時代の感性についていけなくなっているのだろうか。かつてニューメディアだったテレビが、ネットなど新しいメディアへ転換が遅れたことは歴史の皮肉といえよう。
過去、40年間のテレビジャンル分析によれば、報道、スポーツの割合が増加しているのに対して、ドラマ放映時間のシェアは減少している。そこへ、コロナによって新作制作もできず、ネットメディア対応やアジア、ハリウッドへのグローバル対応もできなかった日本の芸能界は瀕死の状態にある。
韓国のJYPなど芸能に近代的かつグローバルな戦略で大成功をおさめていることもあり、大いに参考になると思う。
◆参考 : JYP 2.0
https://youtu.be/08257W8sdNs
3. これからの芸能界はどうなる?
近年の大手芸能プロダクションからたくさんのタレントが退所した。
ネットメディアの盛り上がりとテレビ不況(コロナで広告がつかない)によってドラマ出演機会の激減と、不条理な経済条件が重なり、タレントは次々と独立している。
しかし、タレントが芸能プロダクションから独立しても、当たり前だが自ら一人で会社経営は出来ない。営業も会計も弁護士も付き人も自分が社長となって運営をしなければならない。2019年多数の芸人がYouTuberとなったが、デジタル知識のない芸人にとって、それで生きていけるほど甘い世界ではなかった。つまり、タレントも芸能プロダクションの会社としての機能について知らなさすぎるのだ。お金の取り分や横暴な経営体質の話ばかりが話題になるが、実際の芸能プロダクションも会社経営である限り、意識的かどうかは別として、タレントのマーケティングやブランディングの戦略をもって仕事を進めているはずだ。
手前味噌になるが、弊社のようなタレントエージェンシーへの依頼が急増する背景として、きちんとした経営、透明な資金の流れなどが一定の評価をされているのだろう。芸能プロダクションは、かつての「オレ、オマエ」の世界から、タレントとフェアで対等な関係を構築すべきだと考える。
◆参考: 「あまりにも異常」「古い体質変えて」のんマネジメント社長の提言【全文】
https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/non2
吉本興業の中田敦彦さんや西野亮廣さんのように、自身でセルフマネージメントができ、一定の投資意欲がある人は、チームを組成してYouTubeやサロンビジネスで成功している。
しかし、全般としてはテレビでそこそこ有名な芸人でさえ、そのへんのYouTuberに収益でもトラフィックでも勝てない。
◆参考: 「芸能界・20世紀レジーム」の終焉(松谷創一郎) – Y!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/soichiromatsutani/20200831-00195864/
小泉今日子さんが望む未来
「15歳の私が勇気を出した一歩が、いまの自分につながっている」
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5f45fbbac5b697186e2e666e
4. ここでパラダイムシフトがおきた。
いま流行っているタレント(インフルエンサー=KOL [Key Opinion Leader] )は、事務所に所属さえしていない人が多い。理由は「自分の表現したいことができないか」従来の俳優は「人の表現したいことを演じる」だけだったのが、”自分”をもっとださないと仕事に結びつかないようになった。
そのタレントが持っている魅力をデジタル上で表現できないと、クライアントは見向きもしてくれない。だから、YouTube、TicTokやInstagramが活性化した。
ある有名女優は、CMだとギャラが5千万円クラスのタレントだが、自身のInstagramで1回の投稿500万円を4回セット2千万円で広告販売をしている。P&Gやボルヴィックのような大手クライアントが複数ついている。SNSでCM以上の稼ぎを得ている。ちなみに、これはヒカキンと同レベルのSNSギャラである。
◆参考
「ヘラヘラ三銃士」などは、クライアントが仕事を依頼しても半年以上の待ちという。
https://www.youtube.com/channel/UCI0xPNkgivK-FCcaCYDC8Yg
「たなかです」は焼き芋を売るというフレームから関連したコマースを立ち上げ商品は即完売。
https://tanakadesu.theshop.jp/items/28395166
「げんじ/Genji」はスマホの”ジャパネットたかた”との言われるほどの人気!
https://www.youtube.com/channel/UCXrp0H7BPBHx2YTYMiiKEAA
テレビメディア中心の時代では、資生堂やトヨタなど大手クライアントに起用されるかが勝負だったが、ネットメディア時代には、クライアントは1クール3千万円だせなくとも、トラフィックの成果に応じたアドテクノロジー(略してアドテクという)を組み合わせて、効果的な広告がうてるようになった。つまり少額しか広告予算がない企業がデジタルメディアにより広告効果をだせる仕組みができたことで、全国的に有名じゃないタレント(インフルエンサー)でも稼げるようになったのだ。
面白い動画を撮りトラフィックを集め、アドネットワークに登録し企業とマッチングしてもらう。それだけでフォロワー30万人程度のタレントでも、年に3-5千万円の稼ぎを得られる。タレントの働き方改革である。
クライアントもメディアも含め、大きな企業だけで社会は成立しなくなった。逆に言えば、小規模でも社会のニーズを的確にとらえ、潤いを与えることができるなら、それで成立する新しい社会ができつつあるということなのだろう。
◆参考 : いまさら聞けない「アドテクノロジーとは」~基礎知識編~
https://www.innovation.co.jp/urumo/adtechnology/
さらに中国はもっとエグい。もはや広告代理店が存在しない。タレントが直接大手ブランドと契約する。それはタレントのもつデジタル上のメディアの方が効率よくブランドイメージも実販売も得られるからである。
日本でもタレントによるD2C(Direct To Consumer)の時代が始まりつつある。タレントが企業からの広告主を待つのではなく。タレント自らがオリジナル商品を開発し、自らのフォロワーに販売することで収益を得る。
デジタルに強い(DXが出来ている)タレントは、デジタルメディアを駆使することで、自らが大きなメディアを持てる。最近では、発言力も影響力もテレビ番組にでるより大きくなってきた。タレント2.0の時代の幕開けだろう。
◆参考 : 今さら聞けない“D2C”と“通販”の違いとは?バルクオムの野口卓也代表に聞いてみた
https://www.wwdjapan.com/articles/990114
中国KOLマーケティングで効果を生み出す方法
https://www.live-commerce.com/ecommerce-blog/chinese-kol-marketing/#.X3e5i5P7Q1I
ジェシカ・アルバが2011年に創業した家庭用品のブランドThe Honest Companyは、今や時価総額10億ドル(約1千億円)。
https://forbesjapan.com/articles/detail/7190
5. まとめ
・ セルフブランディング
自分の特徴を再定義する。やりたいこと、社会的な存在としての自分を意識することで、キャリアパスに戦略をもつ。
きちんとした公式ウェブサイトをつくり、商品しての自分が守るべきブランドテイストを決める。
・免疫力(強い身体と安定した精神)=VUCA力(ブーカ)
健康な身体は、上来からタレント活動に必須条件であるが、今後は、いかに安定した精神を保てるかが大事。クライアントからのCMオファーは、タレント本人へのブランド投資でもある。安定した免疫力で不祥事や炎上を乗り越えられる。
https://www.kaonavi.jp/dictionary/vuca/
・コンプライアンス
不倫、クスリ、脱税、SNS炎上など強いモラルが求められる業界になってしまった。SNSの発達により、芸能プロダクションが世間へ情報統制できなくなってきたからだ。タレントのイメージをコントロールできるデジタルに詳しいプロとのコラボレーションが必要。
・デジタル力(DX -リモートトラスト)
SNSでアクティブに情報発信し、できるだけたくさんのフォロワーを得る努力をする。新しいメディアを駆使してマーケットとファン層を広げる。
メディアがデジタルにより大きく変換する中で、新しいチャレンジをすること。
・ファンコミュニティをつくる
ファンを大切にし、ネットを基盤としたコミュニティをつくる。
チームを組成し、自分のメディア(サロンなどオウンドメディア)を築く。
既存メディアや芸能プロダクションに頼らない収入構造を作る。
・グローバル志向
良いエージェントを見つけ、日本だけでなくアジア、特に中国と韓国に重きを置き、活動していく。ハリウッドは、中国を足掛かりとして、挑戦する。どんな下手でも最低限の英語を喋れる必要がある。
以上