知られざる京都ツアー③ by 令和トラベル 京都・西陣の老舗織屋「HOSOO」が見据える、絹の未来の話。

京都・西陣の老舗織屋「HOSOO」が見据える、絹の未来の話。
元禄年間(1688年)創業、皇室や寺社の装束・帯を手がけてきたHOSOO。今ではディオール、シャネル、ルイ・ヴィトン、リッツ・カールトンといった世界の名だたるブランドやホテルに採用される「世界のHOSOO」となりました。そんなHOSOOが、今あらためて向き合っているのが「絹」という素材です。
★6000年の歴史を持つ素材
絹の歴史は約6000年。古今東西、シルクロードの時代から、人類がずっと「ラグジュアリーの象徴」として愛し続けてきた素材です。
細尾さんはこう語ります——人類にとってラグジュアリーの象徴と呼べる素材は、絹と黄金くらいしかないのではないか、と。
★軍需が支えた、日本の絹
意外に思われるかもしれませんが、日本の絹産業は「軍需」とともに飛躍しました。美しい着物のための生糸が、明治以降は外貨獲得の主力産業となり、パラシュートやストッキングとして爆発的に量産化されていきます。
その過程で生まれたのが「6A・5A」——今も世界で使われる生糸の品質等級です。光沢、白さ、節の少なさで判定されるこの国際基準を、実は細尾さんの祖父の世代がつくったといいます。100年前に日本が定めた物差しが、今なお世界の標準であり続けているのです。
★江戸時代の蚕を、現代に蘇らせる
量産の裏で失われたもの。それは蚕の「個性」です。国の研究機関・農研機構には、「小石丸」をはじめ約2000種もの蚕のDNAが保存されています。
HOSOOは10年前からこの研究に取り組み、江戸時代の在来種を現代に蘇らせようとしています。品種ごとに異なる糸の光沢や繊細さは、まるでワインのテロワール。蚕の世界に、ふたたび多様性を取り戻す試みです。
★西陣織は、コンピューターの祖先だった
ここからが、HOSOOが今いちばん力を注いでいる挑戦です。
西陣織は、世界でも最も複雑な構造設計ができる織の技術。そして驚くべきことに、その原理はコンピューターとまったく同じです。縦糸が「上がるか・下がるか」——これは「0と1」のバイナリーそのもの。
1801年、フランスのジョセフ・マリー・ジャカールが発明したパンチカード式の織機。穴の有無で模様を自動制御するこの仕組みこそ、後にIBMの初期コンピューターの原型になりました。織物とコンピューターは、もともと「共通言語」で動いている兄弟のような存在なのです。
ならば——と細尾さんは考えました。最先端のプログラミング技術を使えば、これまで人類が誰も織れなかった織物がつくれるのではないか、と。
★「リピートしない織物」への挑戦
織物には「三原組織」という基本があります。平織・綾織・繻子織。これら最小単位の構造を「結晶体」のように規則正しく繰り返すことで、織物は破綻せず、長く美しく織り続けられます。これは何千年も守られてきた、織物の絶対的なルールです。
HOSOOはそのルールに、あえて挑みました。三原組織を一切使わない。一度も同じパターンを繰り返さない織物をつくる——。普通なら、糸が飛び、織りが破綻してしまいます。その破綻をAIですべて回避しながら織り上げる。これがHOSOOの最初のプロジェクトでした。
建築に例えるなら、こうです。かつて柱なしでは建物は建てられませんでした。それが構造計算とプログラミングによって、柱のない大空間が実現するようになった。同じことを、細尾さんは「織りの世界」で起こそうとしているのです。
★デジタル職人と、暗黙知の継承
HOSOOには今、コンピューターのデザイン領域出身の人材が「デジタル職人」として加わっています。AIを駆使し、人類がまだ見たことのない構造体を設計する。
そしてもう一つの大きな挑戦が、職人の「暗黙知の脱属人化」です。
西陣の織りは、職人の才能と勘に大きく依存してきました。誰がこの紋紙を設計するのが上手いか——それは経験と感覚の世界で、はっきりとは言葉にできません。だからこそ、その職人が一人いなくなるだけで、技術が永遠に失われてしまう。細尾さんはこれを「残酷な構造」と表現します。
職人の頭の中にしかないノウハウを、AIによって誰もが扱える「型」にできないか。職人は、まだCADもなかった時代から、頭の中で織機を動かし、将棋の100手先を読むように織物を組み立ててきました。その思考そのものを解き明かし、受け継ぐ。
ただし細尾さんは、すべてをデジタルに置き換えるつもりはありません。型にしてしまえば模倣のリスクも生まれる。だからこそ、職人のマニュアルという「手の記憶」を大切に守りながら、一方で新しいテクノロジーと両立させ、その掛け合わせから何が生まれるかを試し続けています。
伝統(トラディション)、土地(テロワール)、技術(テクノロジー)。この三つが交差する場所にこそ、絹の——そしてものづくりの未来がある。
「ショートカットできないものにこそ、価値が宿る」。
時間とともに価値が上がっていく。それが、工芸というものづくりです。














