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800年前の「エンタメの聖地」水無瀬を、もう一度。

わたしのホームタウン、大阪・水無瀬は800年前、日本最高峰のクリエイターたちが集まる「エンタメの聖地」だった。
その中心にいたのが、後鳥羽院だ。(第82代天皇・1180〜1239年)

後鳥羽院はこの地に離宮「水無瀬殿」を構え、和歌や蹴鞠をはじめとする文化をプロデュースした。後鳥羽院の死後、その離宮跡に御影堂が建てられ、現在の水無瀬神宮へとつながっている。

そして水無瀬には、藤原定家をはじめとする当代一流の文化人たちが集った。その美意識はやがて『百人一首』へとつながり、「かるた」として広く親しまれていった。
将棋の世界でも水無瀬の名は残っている。水無瀬家が手がけた、特徴ある書体の「水無瀬駒」は名品として知られ、徳川家康も愛用したと伝わる。
1202年の「水無瀬殿恋十五首歌合」では、10人の歌人が「恋」を15のテーマで詠み競い、150首もの新作が生まれた。その一部は、のちに『新古今和歌集』へ。

作品を生み、披露し、競い合う。
後鳥羽院がプロデュースした水無瀬は、いわば800年前のフェスであり、クリエイターキャンプだった。

その聖地をもう一度盛り上げようと、先日「水無瀬会」を開いた。
水無瀬川のほとりに佇むイタリアン「MyS」に、その思いを共有する仲間が集まった。
顔ぶれが豪華!!

みんなに声をかけてくれたのは、水無瀬神宮の宮司・水無瀬忠成さん。島本町の山田紘平町長、競技かるた大会「SHIKIBU」の主催者、そして水無瀬の文化を担う方々。
神社を中心に、行政、伝統文化、エンタメ。
ふだんは別々に動いている人たちが、同じテーブルを囲んだ。それだけでも、この夜には大きな意味があったと思う。

水無瀬神宮の境内には、大阪府で唯一「名水百選」に選ばれた「離宮の水」が、今も湧き続けている。この水を求めて、長い列ができることもある。
800年の歴史も、名水も、本物がここにある。

そして、わたしがいま作っているウイスキー原酒に、この土地の名水を掛け合わせるつもりだ。
その名も、ジャパニーズウイスキー「水無瀬」🥃
ラベルの題字は、水無瀬駒に使われてきた特徴的な書体をベースに、駒師の熊澤良尊さんに書いていただく予定だ。
https://tinyurl.com/4rzxkmu5
原酒は北新地で作っている。
https://spdy.jp/news/s157424/

これまで、わたしが点で動かしてきたものが、少しずつ一本の線になりはじめている。
800年前の文化。
水無瀬の名水。
将棋の駒。
そして、ウイスキー。
年内には「水無瀬」を世に出したい。
川のほとりで、うまい料理とともに──。
800年前から続く水無瀬の物語が、また一歩前へ進んだ。
ここからが、いよいよ面白い!

見渡せば 山もと霞む 水無瀬川
夕べは秋と なに思ひけむ
——後鳥羽院

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