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訃報: 東北新社 創業者 植村伴次郎さん。享年90歳。

東北新社の創業者である植村伴次郎さんが亡くなられた。享年90歳。

いま経営者として自分があるのは、すべて植村さんのおかげである。1988年に新卒入社し、その年に新設された衛星放送事業室に第一期スタッフとして配属された。

植村さんは、大手CMプロダクション経営というだけでなく、テレビ局経営をしたいという強烈な意思をおもちだった。
スター・チャンネル、スーパーチャンネル(現スーピードラマTV)など無数のテレビ局を立ち上げた。

わたしは何より、大企業なのに新規事業に関わっていたことで、毎日のように植村社長(当時)と一緒にいることが出来て幸せだった。そのおかげで若造でも間近に植村さんの経営術を勉強することができた。

経営以外にも…
・カンヌで一緒にハレーすい星を追いかけ一眼カメラに収めた
・日比谷の料亭で次世代政治家のオーディションをした
・パラマウント映画の社長に渡すワインのパッケージの仕方を教わった

経営には、実にたくさんの教養がいるものだ。アートも映画も食事も旅もすべて”植村流”が存在していた。

ハリウッドもロンドンもミラノも世界中連れて行っていただいた。

わたしが東北新社を辞する1997年までの9年間のうち、特に最後の2年間は朝から晩まで植村さんと一緒にいることができた。非常に激しく、楽しい濃密なときだった。

ある日、植村さんは自社のプロダクションであるテレビテクニカ(現オムニバス)のスタッフを社長室に集め、自伝番組を制作することにした。映像の時代だからと、数多くの自伝出版のオファを断った上でのアイデアだった。

セッティングの途中で、ライティングがなってないと怒り出し、瞬く間に収録は中止となった。以降、この伝説的な経営者の自伝は公開されていない。

ある時、カンヌの街を二人で歩いているとオメガのショップを見つけ、その前のベンチに座り込んで植村さんが過去を話し始めた。「わたしが人から雇われたのは米軍基地のバーテンダーやってたときだけです。その時、兵士がしていたオメガを欲しくてここまて頑張ってきました」と言っていたことが昨日のことのように思い出される。

本当に本当にこの投稿くらいでは何も感謝を伝えきれないが、本当に植村さんに感謝の気持ちしかない。
ありがとうございました!

天国で安らかにお過ごしください。

福田淳